コマ大戦 千葉予選会 そして上田へむけて

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     6月15日 千葉県千葉市にコマ大戦 G3県別対抗戦の千葉予選会に行司としてお手伝いさせてもらいました。

     いつもは選手として そして地元開催では主催や実況として それぞれ違う立場での参加してきて 今度は始めてオフィシャルな場所で行司という重い立場でのサポートです。


     いつも選手として参加している立場とすると 行司の微妙な判定に 戸惑うこともあったのですが、今度は自分が行司  選手のときに味わう あのなんともいえない緊張感とは違う   胃液がこみ上げてくるような いや〜なプレッシャーのかかる緊張感をともないながらの参加でした。 いつも冷静な顔で適正なジャッジしている落合さんはたいしたもんです。

     千葉県は今回 コマ大戦の開催は初めてで そのなかで学生含め16チーム集めたのはとっても大変だったろうと察しました。

     うちら群馬も 両毛特別に参加いただいた企業さん中心に声をかけましたが、長野の本選の参加が難しいとのことでお断りされてしまうケースが相次ぎ、両毛+前橋工業高校、高崎技術専門学校での選抜チームでいこうということになり、

    これからもっと、群馬の企業 学校関係などに たくさん認知していただき、積極的に参加してもらわないと、裾野は広がらないと再認識するにいたりました。     

     「コマが強い」=技術力が高い、探究心が旺盛  自分のなかの印象です。難削材を切削し、形状を研究し、いかに強いコマを作れるか!! という課題に真っ向から挑戦する地域は ものづくり力がすぐれていると感じます。

     両毛地区だって、ものづくりの町をアピールしているなら、これはおいかけていく必要があるでしょう! てゆーか楽しくてしかたないのですが

     今回 千葉のみなさんと交流させていただいて、感じたことは、皆さんとっても楽しんでいたことでした。

     交流会のときも自分のコマを片手に コマを語りつくしているひともいたりで、またコマに夢中になってくれた人が増えたのは大変嬉しい限りです。

     そのなかで感じたことは、場数って大事だ! です。 行司目線でみると、このコマ強いなぁって 一度みればわかります。  今回一番強いだろう感じたのは、千葉工業大学にコマでした。  

     決勝で光精工の秋山君と対戦したときも順当なら千葉工大さんだなとおもったのですが、秋山君に 右 左と振り回され 最後は失投してしまい。優勝を逃しました。

     これはやはり投げ手の場数の勝利でしょう! どのくらい練習してどんな試合をこなしてきたか、秋山くんは格闘家ですから、そういう経験を試合に生かすことになれているなぁと感じました。

     自分はいったい公式戦何試合したのか あらためて数えてみました。第一回のG1から数えて合計18試合!(たぶん)

     最初のころなんて てんばってばかりで、どんなふうに投げるとか 考えられなかったけど、 少しづつですが、対戦相手のこと、攻略方法など、冷静になげられるようになってきました。

     これからもいろいろなスタンスの経験をふんで、コマ大戦楽しんでいこうと思います。

     主催のほぼ千葉のみなさん、ありがとうございました。 みんな ながので会いましょう!!


    技術の継承を大切に!!

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       今日 一人の精密板金屋の社長のお通夜でした。 とっても腕のいい精密板金屋さんで うちも細かい細工はそこのうちに御世話になってました。

       一年前 社長がガンで入院し 緊急手術 退院はしたものの 身体は見るかげなくやせ細り ちからはうせてしまっていました。

       

       そのタイミングで 社長の息子が事業を継承すべく戻ってきました。

       

      いままで全く畑違いの仕事だったので まるっきりのシロウトさん 旨く仕事できるようになってくれるといいが   

      そして一年が過ぎ 本日を迎えたわけです。

       

      本当にご愁傷様でした。 色々とお付き合いが深く 元気だったころの遺影がとっても目にこびりつきました。

       

      ここのところ オイラも仕事で出入りしていたので 社長も息子さんも良くお会いしていたのですが、息子の仕事っぷりを やせこけた身体に杖をつき 心配そうにみていたり 力ない声でアドバイスしたり   ガンに効く温泉に連れて行け!! とせがんだり

       

       でも やはり体調は元にもどりませんでした。  最後まで生きたい!!!  という執念を見せていたのは  思うに せめて!! もうちょっとだけ!!

       

       生きて自分の技能や経験を教え込みたい!! という思いだったにちがいありません。  

       

       そして たった一年ではやはり きちんと伝承はできなかったでしょう..

       

       これから息子さんを どう応援していくか 自分も色々考えてしまいました。

       

       自分が父親(社長)の会社に入社したのが18年前 25歳のときでした。

       

       工業高校 工業大学 工作機械の会社 という経歴で 子供のころから父親の仕事を見てきたので 全くのシロウトでもなく入社したのですが、それでも父親から学んだ技術 技能は計り知れません。

       

       機械加工も奥のふか〜〜い仕事です。

       

       そして18年たち 今年の夏に とうとう社長交代と決まりました。 本日司法書士さんが来社し、社長交代の準備に入ります。

       

       社長から基礎を学び 最新技術などを取り入れ 入社当時 一台しかなかったNC機が 今はやっと 6台になり  マシニングセンタがほしくてほしくて

       

       凄い仕事が いい仕事がしたくて そうやってレベルをあげ 顧客数も入社したときの10倍くらいになり(売り上げはそんなに良くなってはいない..昔はホントによかったんだなぁ  4社くらいで今の売り上げ以上なんてときもあったorz

       

       やっとここまで来たという感じです。  今では社長はほとんど会社に姿をみせません 「俺は卓球が忙しいから もう仕事どころじゃねーんだよ!!」

      といってます(^^;)

       

       少しは安心してくれているのかなとか思ったり  継承という意味では とってもスムースにいったのかもと思っております。

       

       後継者がいない それは 技能や技術 経験もみな一緒に天国にいってしまうということなんですねぇ

       

       ましてや農業でおコメとかしているならば 50年現役でやっても50作しか経験できない。  だから親父さんの経験 おじいちゃんの経験 そういうものをすべて活かし コメを作ったり。  だから 技術の継承って本当に大事なことなんだと感じます。

       

       それと 大事なのは魂!! オイラが就職してすぐのこと、自宅で言われた言葉  そのときはあまり意味が解からなかったけど、 今は非常にしみます。

       

       仕事で評価されるときは うまくいった時じゃないぞ! 失敗したときが評価されるんだ! そいつの価値はそこにある!

       

       今ならとってもよく解かる!!

       

       失敗したあと それをどうするか!!

       

       それ次第なんだということですね。

       

       これは これからも胸に刻んでいこうと思います。

       

       慣れ親しんだことばかりやっていれば 大体うまくいく 失敗するかもしれないけど チャレンジしてみる。

       で 失敗する

       

       そこでくじけずなんとかするまで頑張る。

       

       うまくいく。

       

       たくさん経験してきました。 そのたんび赤字を出したっけ(汗

       

       でも経験の貯金にはなってきたと思う!!

       

       この魂も技術とともに継承していけたらと思います。

       

       そして自分の後継者もさがさにゃぁ!!

       

       今のところ息子 継ぐ気0!!!!!!!!!!!!!!!!!!

       

       ま 血縁でなくてもね!! やる気があればね!!

       

       これからも頑張ります!!

       

       精密板金屋の2代目を応援しなくちゃね! だからまずは人脈を紹介せにゃ!! 


      日本橋にてコマ大戦

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         日本橋 銀座線にて 三越前という駅 東京で一番古い地下鉄に三越前という駅名になってしまうほどの老舗の百貨店 いままであまりご縁がないところでしたが、  ついに!! 初めておりてしまった。  コマ大戦 日本橋場所!!   ついに三越劇場という 凄い舞台がやってきた!

         

         前回 G1全国大会の敗者復活戦の初の土俵にて ネコパンチ!! というコマに吹き飛ばされるという  感動的で屈辱的な負けを喫して このまま負けっぱなしはやだ!!!  と   次の日には絵を書き始めた。仕事のふりをして(笑     

         まわす取っ手がなければいいのに   取れちゃえばいいのに  でも難しいなぁ

         あ   ボディのなかに落としちゃおう!!

         そう決めて図面を書いてみたのでした。   取っ手の形状を複雑な形にしたので削る方法をとらず コマ大戦で仲良くなった 伊那のスワニーさんに3Dプリンターで制作していただいた!  スワニーさん ありがとうございました!

         で 最初に作ったのがこれ!!

         ボディのなかに ぽとり と落ちる 回さなければ  回ったらまったく落ちる気配なし。   いくつか制作してみても やはり同じで落ちてはくれない   ま  長野の県選抜に間に合えばいいか.. と 投げてしまったのですが、日本橋場所の一週間前  日成機工の坂元さんが でると知り もしかしたらねこぱんち あるかも 

         あわててまた ネコパンチ対策コマに着手! 作り直すこと8度目でようやく回っても取っ手が落ちるものが作れたのでした。

         現場でトーナメントのくじを引く  両毛ものづくりネットワークでは 事前にコマ選別会議を開き 二つのコマを選択 金子製作所の小さくて軽いのと  

         オイラの銅タングステンの重いものを選択し 今回はどうしても優勝しようと誓っての参加でした。

         金子君が先にくじびきで6番  まだ二人目のくじ引きでした。

         「5番だけはひくなよ!!!!それ以外ならどれでもいいぞ!!」

          「おうよ!!」

           サクっ!!

         

          「5番...orz」

         ということであいかわらずもってるね!! 俺ら!!

        さて しかたないが 一番手のうちもしっていてやりずらい相手  もちろん負かしたくもないけど まけるわけにゃ〜〜いかんし

        作戦を考えた。  たぶん一試合目は 得意の左回しで勝ちにくる  なので左回転で回して、勝ったら 本気の右回し!! と決めた。

         はっけよ〜〜い 残った!!落森さんの声  軽く左で投げると やはり金子君も左だった! よし!!  コマが接触すると 軽い金子君のコマがはじけて止まった!  まず一勝だ! 次は 思い切り右だ! 

         わ!! 二投目は金子君が失投!! よし!!  ごめんねぇ  悪いけど金子君の分も頑張るからね!!

         二回戦は ほぼ千葉の秋山君 格闘家のコマらしく なんとなくどすがきいているコマだけそ 一回戦の様子を見ると 得意なほうだ

         失投もあり これで 準決勝  反対側のトーナメントは 優勝候補筆頭のクリタテクノさんがまさかの一回戦 今回はネコパンチではなく ガチコマできた日成機工さんの タフネスなコマが二回戦にて敗退する波乱含みのトーナメント 勝ち上がっているのは 女性のチーム大東製作所さんと初出場の林田技研さん  大東さんは G2信越でも準優勝している強敵です。  林田技研さんのコマも一回戦で 宮城の岩沼精工さんの うちと同じ 銅タングステンで取っ手が落ちるコマに勝ってあがってきてます。 なかなかに手ごわそう

         準決勝は なんと ほぼ千葉の 中村新ちゃん まえのブログでは 一緒に東京マラソンを走った 仲間です。

         じつは 新ちゃんからは このコマの図面をいただいていて ハビロさんつくれませんか??  と 話しをいただいていたのですが、これはちょいとあかんわ〜  と お断りしたコマ  よく形にしてきたなぁ しかも削りだしだという!!  執念だね!

         ここで ちょいと苦戦 一度負けるシーソーになった。が なんとかアドバンテージをとり  最後は オイラのコマの真骨頂 軽いコマはたたき出す!!  ができて快勝!!  決勝進出を決めました。

         決勝は なんと 大東さんの失投もあって 初出場の林田技研さん!!

         

         解説の奥田さんが 「最近はなかなか初出場での決勝とか優勝って珍しくなってきてますよねぇ」

         そう  最初のころと違い こまのレベルは格段に進化していて とてもじゃないけど 初めての初出場では 上位にはいけなくなっている。

         が 今回は決勝まできた!  おかしらが言った。  ベテランの強さをみせることができるかなぁ

         

         簡単に優勝させちゃだめですぜ!! コマはそんなに浅くないぞと見せ付けてやってくれ!!

         と 言われたと思った。 林田さんを夢中にさせるためには オイラは圧勝せにゃならん!!

         はっけよーーい 残った!!  土俵の中央であたりあう二つのコマ カドカドのコマにぶつかり 大きくゆれる林田さんのステンレスのコマ  グラグラ  コロン!!

         よし!!

         そして アドバンテージでいよいよあと一勝だ!!

         

         はっけよーーい 残った!!

         

         そして 歓喜の瞬間がやってきた!!

         

         やった!!!! ついに 両毛に優勝をもたらすことができた!!!

         

         カキタンが飛んできた!! 最初のG1 シンコウカキタン準優勝からはじまりG3茨城でもオイラが準優勝  ホントに 手のとどかない優勝だったけど やっと!! ついに 優勝できた!! 本当に嬉しかった!

         

         両毛は梅くばるだけじゃない!!  コマもつよいぞぉ!! といいたかったのでした。

         

         コマ大戦関係者の皆様 日本橋三越劇場という素晴しい舞台での3Day 本当にご苦労様でした!

         これからも コマ大戦 どんどん盛り上げていきましょう!!

         

         皆さん 本当にありがとうございました!! これからもよろしくお願いします。 


        東京マラソン2013

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           はびろ〜〜ん!! ゴールで待ってるからぁ〜〜〜〜!!

          29km地点で この叫び声がオイラの背中を大きく押し出した!!

          振り向く体力はなかったが、両手を大きく上げてその声に応えた。

           

          224日 東京マラソン。ついにこの日がやってきました。

          きっかけはほんの些細な一言 前回東京マラソンのチャリティランナーで走った 渡邊忍さんの走りとみんなの応援に感動し、おかしらこと緑川さんの会社

          螢潺淵蹐気鵑鮨劼佑燭りに、「おれもちょっと走ってみたくなりましたよ〜」

          と もらした次の日   はびろん 出走決定!! と facebookに書き込まれ   そのまま 意を決して出場することになりました。 おかしらという男は プスプスとくすぶっているものに火をつけるのが非常に上手で、もう やるしかない!!  と決めたのが ちょうど一年くらい前のことです。

           去年の三月九日から 毎日のトレーニングと体重測定をはじめ、毎日6.5kmのジョグを サウナスーツを着て行い。  順調に継続し、体重はみるみる落ち、4ヶ月後には82kgから70kgになっていました。

           一緒に走ることになっている 中村新一さん(しんちゃん)それと岡崎順子さん(エミーさん)と 渡邊忍さん(コーチ)と一緒に 駅伝を中心にレースに参加し、マラソンという競技に徐々に親しみを覚えるようになり、みんな走ることが大好きになっていきました。

           ずっとお付き合いいただいた 先輩ランナーの渡邊さんの心遣いには本当に感謝です。 それからチームとして一緒にお付き合いしてくれるエミーさんもとても気持ちのいい走りができる要因のひとつ!!

           ありがとうございましたぁ!!

           若干の故障などもありながら、何とか秋 冬とトレーニングとレースを重ね

          去年の十二月23日 五時間耐久駅伝に出場 5人で交代しながら5時間走りぬき、目標を大きく上回る60kmを走りぬきました。

           自分も14km走り 今まで走った距離の最長記録になった。  が しかし

          このとき右ひざにいやな痛みがはしりました。

           

           1月4日 千葉から新ちゃんが群馬に来てくれて、とにかく!!二人で20km走ってみようということで、うちから前橋方面に向かい ちょうど20kmになるところに下ろしてもらい、スタート 走り始めて2km 右ひざが痛み始める。 みるみる痛みが悪化し、これはまずい!! と思い。新ちゃん!! ゴメン!! 今回はここでやめるわ〜  膝がまずい!!

           12km走ったところで継続を断念しました。

           

           はびさん!! 俺を一人にしないでくださいよ〜〜 その夜 新ちゃんと両毛のメンバー数人と うちで打ち上げをしたときに 新ちゃんが不安そうに言った。

           大丈夫!! 当日までには絶対に直すよ!

          そこからはもう走るのはやめて 整骨院通いの日々でした。 1月20日にハーフを新ちゃんと一緒に登録していたのですが、出場断念!!

           新ちゃんは一人見事に完走し、長距離記録を更新!!  おお!!  っと思ったが 自分の現状に非常にあせりを感じる毎日でした。

           

           二月に入りいよいよ本番が近づく 痛みは日常生活ではほとんどなくなってきました。

           ためしにちょっとジョギングしてみるか

           

           走り出して三キロ  同じように膝に違和感がでる。   やばい..

           

           ジョギングを中止しました。

           

           もうぶっつけ本番しかない!!

           

           治療と筋トレに専念しましたが、非常に不安を抱えたままの本番になりました。

           

           

           224日  ついにそのときがきました!!

           スタートラインに着いて しばらく待ちながら、どうか 足の痛みがでませんように

           みんなから 無理するなよ〜〜 経営者なんだぞ! 大怪我になったら大変なんだぞ〜〜  といわれ  自分も  そうだよなぁ〜〜

           と思っていました。  コーチの忍さんも しばらく内緒にしていたのですが、実は東京マラソン当選していて 一緒に走ってくれるというサプライズ!!

           新ちゃんを一人にすることはなかったので、少しホットしてのスタートライン!!

           ついに猪瀬都知事がスタートの合図を出す!!    ぱ〜〜〜〜ん!!

          紙ふぶきが舞い ついにスタート 5分くらい全く動く気配がない。自分はチャリティ枠で新ちゃん 忍さんよりかなり早い Gの位置!二人はHとかなり後ろのほう!

           相当 こっちのほうが早くうごきだすだろうな

           スタートラインが近づいてくる。 そしてくぐって走り出した。

           

           めっちゃ気持ちいい!!

           都庁舎を見上げながらのスタートでした。 新宿の町並みをぬけ二キロくらい走ったところにオレンジの旗!!!   おおおお!!  みんなぁ!!

           製造業復興支援陸上部応援隊のみんながオレンジの旗を振って迎えてくれました。


          足はまだなんともなく、みんなに快調に走る姿で合えた。 頑張れ〜〜!!の声援がとても心に響いた。

           今回 皆さんの寄付のお陰でチャリティー枠として参加することができたのだ!! 本当に感謝!!

           皇居のお堀が見えた。  このあたりから心の変化が始まった。これは今までのマラソンと全く違う特別な所だ! リタイヤなんかしたらもったいない!!

           絶対に走りぬく!!  そう心に決めてしまったのでした。

          痛みは出てこないこのままいけるのか!   5キロの地点に最初の給水所  上手に給水ができ、走りつづけると     あ

           右足に違和感が出始める。  それは徐々に痛みにかわり、10kmを過ぎるころには 走行は困難なじょうたいになり、12km地点から早歩きに変えた。

           二回目のオレンジの応援が見えてきた。 悟られたくなかったので極力普通に走っているようにしながら  ちょうどその時 応援の旗に近づく水色のTシャツが    あ!! 新ちゃん!!  すでに このあたりで新ちゃん 忍さんに 先にいかれた。

           みんなが先にいってくれる!! あきらめるもんか!!

           早歩きでも痛みがましてきているが 心は全くくじけませんでした。 それよりこの特別な場所に立てている幸せが どんどん増しました。

           俺は今 東京を駆け抜けている!!すげぇ!!

           15kmを過ぎたあたりで 大きなハプニング! 今まで右足をかばっていた左足がパンパンで ストレッチしたりごましてきたのですが、腿の前の筋肉が痙攣をしたまま 何をしても直らなくなってしまった。 やばい

           このままじゃ進みようがない あきらめたくない! 何とかならないか(汗

           思いつくままに 道の端でセルフマッサージを試みる。 30秒くらい必死でマッサージした。  そ〜〜っと放してみると、 あ!! 直ったぁ〜〜!!

           これでまだまだ進めるぞ〜〜〜 その時ちょうど3回目のオレンジ集団!!

          両毛の柿田んが心配して少し着いてきた!! 大丈夫!! 色々大変だけどまだまだいけるよ!!    こころがところどころで蘇る!  とてもありがたい。

           何とかハーフの地点にたどり着く もんだり、のばしたりしながら21kmの地点は写真を撮った。

           ここから25kmまでが一番しんどかった。 銀座 日本橋 

           雷門を見よう!! 絶対に見よう!! もんだり、のばしたりでようやく25km地点!!  やった!!

           25km地点のタイムオーバーまで10分前だった。 東京マラソンは5kmごとに関門がある。 そこまでに制限時間内に入れなければアウト!!

           25km地点で告げられる 30km地点のリミットはあと45分だよ〜〜 急いでぇ〜〜

           やばい! 怪我がなきゃ な〜〜〜んともない数字 だが ほぼ歩いているペースでのこれはやばい

           もう マッサージはしてられね!!  そこからは一度もとまらなかった。もうつったままでいいや!  26 27  もうすぐ浅草だよ〜〜〜 頑張れ〜〜 沿道からたくさんの声援が聞こえる!!  やばいときは沿道の人とハイタッチ!! そうすると何故か前にすすむ身体  そして ついに雷門が姿を現した!!  ついに浅草まで  雷門を曲がると..

           

           おおおおおお!!! スカイツリーだぁ!!!   墨田が見えた。

           

           元気を取り戻し29km地点を目指す。 そこに 最後のオレンジ軍団が!!

          はびろ〜〜〜ん 頑張れぇ!!  心にしみた。

           みんなとハイタッチして 前を向いた。

           まだみんなは背中にむかって叫んでいる。

           

           はびろ〜〜〜ん!!! ゴールでまってるからぁ!!!  

           

           背中に突き刺さり オイラを押した。

           

           もう振り向く体力はなかった 両手を大きく突き上げて応えた。

           

           もうすぐ30kmの関門だ  あと百メートル 時間が聞こえてきた。 

           

           あと一分!!

           

           間に合うか

           

           力の限りの全力だった あと10m あと10秒!!

           

           カウントが始まった!! 9 8 7 6

           夢中で飛び込む   ゼロ〜〜〜〜!!

           

           なんと30km地点の最終ランナーになった。  一瞬気力が途切れ 倒れそうになった。

           後ろには 皆ボロボロのランナーがうなだれていた。 みな気持ちは同じ 最後まで行くぞ!! と心に決めていた人たちだった。

           もうひと分張りできる!!

           35km地点を目指した。  もうどこが痛いとかわからない. となりのおっちゃんが苦しそうにあえいでいた、

           

           また関門があるんでっかぁ??  はぁ  はぁ

           

           また五キロ先に無常の関門があることを告げると おっちゃんはボロボロの身体にムチをうって進む。 しばらく並んで進む。 もう 足には感覚がなく

          痛いのかなんなのかわからなかった。

           あまり記憶もない。

           

           が 遠くに関門が見え それがだんだん近くになると たくさんのランナーがいるのが見えた。

           

           お疲れさまでしたぁ〜〜

           

           そうか   終わった

          こうして自分の人生初のフルマラソン挑戦は幕を閉じた。

           

           お水をどうぞぉ  スタッフの人が親切に水を手渡してくれた。

           

           へたり込んで キャップをひねり 水を口に入れると

           

           ゲハっ!! ゲハッ!!

           

           口に含めても もう 飲み込む力がなかった。

           

           こんなに力を使い果たしていたのかぁ

           

           無念だけど 今回ばかりは自分を責めるのはよそう 許してやろう

           

           東京マラソンの凄いところは こうやって関門にかかる選手をすべてゴールのビッグサイトに送ってくれるところだ。  全員ハトバスにてビックサイトに向かう。 人生初のハトバスは うなだれて力尽きた人たちだらけでした(

           バスの中で確認すると 忍さん 新ちゃん ともにゴールを決めていた! よかった!! とくに新ちゃんは 最初の駅伝のころは 5キロの上がりタイムが29分で 本当に大丈夫だろうか と思っていた。そこからメキメキタイムを上げ ハーフをクリアして 今回見事に完走!!  すげぇ!! それに比べておいらは 見事に調整失敗   

           

           ビッグサイトにたどり着き 無事にゴールした忍さんと新ちゃんと顔を合わせた。 自分の状況を説明しながら声がふるえていた。  やはり悔しい!!

           色々な気持ちが交錯し むねがいっぱいになった。   応援してくれたみんなになんといおうか

           みんながまっていてくれた。  おおお!!

           

           すみませんでしたぁ

           

           いや〜〜 なにいってんだよ〜〜〜!! 本当にありがとう!! 感動したよ〜〜〜!!

           こんな言葉で迎えてくれるとは思わなかった!!

           本当にうれしかった!!

           

           今回完走のメダルは取れなかったけど、オイラにとってはこの旗が自分の勲章だ!!  そう思って納得できた!!

           

           本日 新ちゃんから写メが届いた。

           はびさん!! メダル半分にしたから! 半分もらってくれよ〜〜

           

           真っ二つになった メダルの写真が!!!!!

           

           あああああああ!!  製造業らしい(爆   嬉しいサプライズでした。

           

           こんなに素晴しい体験が出来たのも 本当にたくさんの方たちの応援があったからで、自分は本当に素晴しい仲間にかこまれているなぁと つくづく感じます。

           応援してくれたみなさん! 製造業復興陸上部のみなさん!! 本当にありがとうございました!! これからもよろしくお願いします。

           

           さて   来年はどなたがこの素晴しいイベントの主役になるのか!!

           乞うご期待!!!!!

           ありがとうございました!!!!


          コマ大戦G2 関東地区予選開催!!

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             9月30日

            ついにコマ大戦 関東場所が 東京 八王子にて開催された。 

            出場チームはなんと過去最高の64チーム!!

            主催の八王子HFAの皆さん 一丸となっての開催です。

            墨田や日立のメンバーのバックアップもあり、この規模で開催ができました。

            われわれ群馬チームも参加7チームと 北関東のわりには頑張ってみました。

            今回は変則的に 4チームの総当りのリーグ戦から 三回づつ戦い 勝ちが3点 引き分け1点 負け0点 で最高点の1チームだけが本選出場という厳しいものでした。

             今回は今までのコマとはコンセプトを少し変えて 軽くて強いコマを試みてみました。

             中心部分はアルミ合金A2017 外は真鍮で 内側を軽く 外を重くして 遠心力をより強くだせるようにして、 外側は相変わらず正多角形にて製作 重いコマと接触しないようにしました。 回転時間は約6分半 今まで作ったなかで一番の回転保持時間です。

             ケミカルウッドの土俵の癖が だんだんわかってきました。  先端の材質と形状が非常に大事です。

             結果は 予選リーグは全勝の勝ち点27 で一位通過することができたのですが、 予選のときにトラブルがあり、回転失敗のコマに巻きこまれ 地面に落下 結果一番大事な回転先端を破損

             ま これもこのコマの弱点だというのがわかったわけで!! 落下は起こりうることだと考えて次回は製作しよう!

             といことで 決勝トーナメントは準々決勝で敗退  悔しかった悔しかったが楽しかった!! 本当にここにこれてよかった!!  そう 感謝の思いでいっぱいになりました!

             HFAさんはじめ フロンティア墨田塾さん 心技隊さん ひたち立志塾さん などなど たくさんのものづくりの仲間が協力しあって開催した、コマ大戦 これは本当に素晴しい大会になっている!!

             みんながみんなのことを助けながら 勝負する!! だから すばらしい感動が生まれると思う!!

             こういう大会は そこらにはないよ! みんなの協力がなければ たったい一社じゃ とうてい出来ないのだから!

             この感動は 参加しなくちゃわからなかった。  なのでこれからも微力ながら大会を盛り上げていきたいと思う。

             HFAの皆さん 本当にご苦労様でした!! 

             すばらしい一日になりました!!

             またどこかの大会に参加するぞ! そしていつか優勝するのだ!!


            日本の宗教観

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               明治天皇は王政復古の直前 崇徳上皇の陵墓に頭をさげたのでした。

               

              大河ドラマがずいぶんと進んできたので久々に歴史のブログでも書いてみるかなっと!

               

              上の出来事が何をいいたいのかというと、こういうのが日本の宗教の特徴であるということなんですよね〜

               

              大河見てる人はわかると思いますが、崇徳上皇は世の中をのろってなくなります。 しかもどんなふうに呪うか具体的にして  「王を民に引き摺り下ろし民を王にしてくれる!!」

               

              と断言して亡くなるわけで

               

              こののち清盛が天下を取り そして平家が滅んでも源氏が幕府を開き武家政権が成立してしまいまい

               

              あたかも崇徳上皇の呪いは現実になってしまったわけです。

               

              それから何度王位奪還を計ろうともついにかなわず

               

              そしてやっと王政復古ができるのが、それから約七00年後の明治維新になってなんです。

               

              だから公家は、崇徳の御霊に敬意をあらわし 讃岐から京都へ御霊を移して丁重におまつり

               

              したんですね。

               

              鎌倉から始まる公家の歴史をみると まず源氏の将軍三代が絶えたときを機に、後鳥羽上皇

              による反旗が鎌倉に対して翻る(承久の乱) が しかし 東国の武士(北条氏中心に)たちによってあっけなく鎮圧されてしまい しかも 北条氏によって流罪にされるという前代未聞の処置

              を受ける。

               

              まさに 民と王が逆転した瞬間です!!

               

              さらに 鎌倉幕府の権勢が弱まったときに 鎌倉への不満武士たちを見方につけた後醍醐天皇

              が倒幕に動く(建武の中興)いったんは倒幕に成功し権威を取り戻したかに見えたが、

               

              結果 武士たちによる新幕府にとってかわられてしまう。しかも偽朝廷(北朝)までかってに

              つくられてしまうのです。

               

              がまだ公家は権力の座から降りたわけではないんです。

               

              寺社があります。

               

              この当時の寺社はとても権力(財力)がありました。 公家は次男 三男を寺社の座主や神主

              の座にすえます。

               

              当時寺社は日本各地に座(商売組合みたいなものでこれの許可なしにモノは売れません)や関

              (川や道路などの交通機関で通行料を徴収する関門)を持ち そこを通るたびに税を徴収してい

              ました。

               

              当時宗教というのはたたりがあるということで大変恐れられていたし 武装もしていました。

               

               それを一掃してしまうのが 織田信長なんですね!!

               

               楽市楽座 関の廃止 宗教との対立 各地の宗教本山の虐殺は こういう背景から信長に

              よって進められ 公家は財力 権力 勢力をそがれていきます。

               

              最後に家康によって 公家諸法度 寺社奉行の制定が行われてとどめ!!

               

              これを 当時の公家たちは すべて崇徳上皇から始まった 「たたり」としたわけです。

               

              だから 明治天皇は 王政復古のときに 讃岐からわざわざ京都に崇徳を戻し、あのときの

              処置は間違いでした! とわび 無事に王政復古できるよう祈願したというわけです。

               

              これは たたりが本当にあるとかいうのではなく、日本というのはそういう宗教がある。

               

              ということなんですね!

               

              この宗教というのを無視して歴史を教えても 全く意味がないんです!

               

              神社に祭られている神様はものすごい力をもっているとされている人

              鎮守の神様と怨霊は表裏一体なんですね!

               

              怨霊を大自然の力で鎮めて、鎮守の神様になってもらうというわけです。

               

              いまだって日本人の心のどこかにこういうものって残っているんです。

               

              だってそういう歴史と宗教の国なんですから!

               

              歴史をきちんと理解し日本人とはなんなのか そして日本人としてこの国を誇りに

               

              思えるような教育って大切だと感じます。

               

              そういうことがきちんと盛り込まれた教育ができて初めて 愛国精神というのができあがって

              くるんだな〜と思います。


              トラクターと作業ユニットって

              0
                 久々にブログのほうに書きます。

                 

                7月25日 群馬県のくちばし 板倉町の農家さんからの依頼がありました。

                 

                この案件は非常に興味深く 面白い案件なので、しっかりとブログに書こうと思いました。

                 

                写真のトラクターには ニプロの除草装置がついています。


                 

                今の時期は除草専用になってますが、秋には攪拌のロータリーに付け替えます。

                 

                そこで問題になるのが トラクターの三点リンク ヒッチという部分にこの除草装置がついていないということなんです。

                 

                これがそのヒッチになります。

                 

                普通のロータリーなどは ワンタッチでこのヒッチに着くのですが、ニプロの除草装置はこのヒッチに取り付けることができず。

                 

                仕方なくヒッチをはずしてダイレクトにトラクターに装着しています。 で 秋にまた このヒッチをつけてから攪拌ロータリーを取り付けて  また春になるとロータリーを取り ヒッチを取りはずして

                 

                と 書くのも面倒なのに 作業はもっと大変だと

                 

                なのでヒッチをつけたまま なんとかこの除草装置をつけることができないだろうか!

                 

                という相談でした。

                 

                これ 今までも色々とやってきた中で 結構ある案件なんです。

                 

                トラクターと後部ユニットがつかない。

                 

                今回のものも含めて ここも一つのカギの案件になると感じてます。

                 

                今回相談してくれた農家さんは このトラクター以外にも4台所有しています。

                 

                これを解決することで、本来ならもっとトラクターの台数減らせたかもしれません。

                 

                それともちろん作業効率もです。

                 

                今のところ想像ですが、除草ユニットの取り付けアーム部分の改造と、特注のユニバーサルジョイントを作ればうまくいくんじゃないかと感じます。

                 

                工事は秋になりますが、ちょっとワクワクします。 

                 

                挑戦です!!


                繭と生糸は日本一って 上毛カルタにはありますが...

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                   6月19日 群馬県庁の蚕糸園芸課を尋ねました。 農機具の保守の件で困りごとがあるとの事です。 

                   

                  案件は次のようなものでした。

                   

                  今 県内の養蚕農家は約250軒ほどあります。 ですが、養蚕向けの農機具は現在ほとんど製造中止だそうで、今使用している農機具の保守対応がほとんど行われていないんだそうです。

                   

                  産業構造の変化  これはどうしようも出来ないこと…

                   

                  数十年前 群馬県は7万軒の養蚕農家がいたそうです。 なので約1/300に縮小したことになるんですね。

                   

                  明治維新から始まった日本の開国によって、日本の繊維産業は飛躍的に成長したんですねぇ…

                   

                  私が子供のころも 桑畑が結構ありました。 が あまり養蚕の現場は見なくなってましたので たぶん 母親の子供時代(戦後直後)くらいまでだとおもうのですか…

                   

                   「おカイコ様」 この世代は みな カイコのことをそう呼びます。

                   

                   小さな命を犠牲にして たくさん稼いでいたので きっと供養の意味もこめて 様 をつけて敬っていたのかな..

                   

                  それが 現在はもう たった250軒…

                   

                  ちょっと整理します。

                   

                  まず 国が市場開放する→軽工業(繊維産業など)が発達する。そして農業が衰退する。→国が経済的に豊かになる。→家電や自動車などが売れるようになる。→重工業が盛んになる。→通貨価値が騰がる。→金銭的に豊かになる。→ものの値段が上がる。→安いところに仕事が行く→国内生産が薄くなる。

                   

                  こういう流れがあるんですね。  そしてこれから先はどこに向かうのか..

                   

                  それは先に進んでいる国の原状に答えがあるんでしょうね!  ヨーロッパやアメリカなど 日本の産業の発展に影響され 産業が衰退し、どうなったのか

                   

                   しかし 今の時代のスピードとはちょっと違います。

                   

                   なので これから先 世界が 日本がどうなっていくのか とても難しい局面であり 大きな変化が訪れるところなんだと感じました。

                   

                  蚕糸園芸課も これからほぼ0になる産業のサポートをするという、非常に微妙な立ち位地ですが、だからこそ 降り方が見えるところでもあります。

                   

                  おもしろいもので 中国から始まった絹の生産は シルクロードを伝って ヨーロッパや日本に技術を知られ

                   

                   世界中に拡散し ヨーロッパは発展し 養蚕は廃れ 日本もそうなって 現在は もとにもどって中国が世界一の養蚕国 という めぐるめぐるの産業の奪い合いなわけですね。

                   

                   すべては 物の流れ に関係しているわけで、流通経路がとっても影響しているのは間違いないでしょう。

                   

                   物流が変わると 色々な影響がある!

                   

                   群馬県も 去年 北関東道が全面開通 この影響はあると思います! よく時代の流れを見て行動していきたく思います。


                  製造業的復興支援

                  0
                     5月16日の水曜日 もう先週のことになってしまいましたが、今FBで繋がっている仲間で 製造業的復興支援 というチームを作っています。

                     

                    僕らものづくりの仲間だからこそ出来る支援を探し、被災地を支援していこうというプロジェクトです。

                     

                    自分はこれで2回目の参加となりますが、前回と同様 宮城県名取市の箱塚櫻の大きな仮設住宅の団地にて、風除室の棚設置作業をしてきました。

                     

                    仮設に跡付けされた風除け用の玄関の中に棚を据え付けるわけですが、狭いスペースを有効に使うために そのスペースにきちっと合うものを設置します。


                     

                    まずは現地に材料を運び みんなで組み立て作業、製造業のみなさんのほかに

                    宮城高専の生徒さんと先生もいます。

                    木製の材料をみんなで手分け分担しながら、手際よく組み立てていきます。

                     

                    やはりみな ものづくりのメンバーだけあって 作業の効率はみるみるあがります。

                     

                    さいごに 製復支P のステッカーを張り 完成!!

                     

                    午後から 据え付け作業の開始 です。

                     

                    この日はとても天気が良く 暑いくらいで、汗をたらしながらみんなで作業

                     茨城県の光和精機の佐藤さんの採寸と設計で作られた棚は 本当によくできていて、きっちりと風除室に収まったのでした!

                    棚がとりつけられていくのを見て 「うちにもつけてほしい!!」と追加注文も数件でて、それにもきちんと対応して、事前にアンケートも取り、ほしい方にだけ取り付ける配慮など 本当に気遣いがよくできてるなぁ〜と感心します!

                     

                     「ついでに物干し場が高いから 低くしてくれないかなぁ」

                     

                      「へい!! 承知!!」

                     こんな調子で皆さんのお役にたっていく!

                     

                    これがものづくりのみんなの力とサービス精神なんだな!

                     

                    いい仲間ができました!

                     

                    次のプロジェクトはまだ決まってませんが、また近いうちに何か出来ることを決めていくと思います。

                     

                    日本のものづくりは 愛とサービスに満ち溢れているのだ!! 

                     



                    大船渡の漁師の味方の復活

                    0
                       422日の日曜日  高垣君から 大船渡に行きたいとせがまれる。 彼は 今まで被災地には簡単にはかかわれないと 慎重でした。気持ちもわかります。 なので無理に誘うことはしませんでしたが、今回は自ら行くという。

                       

                      お!! と思ったので かなり強硬なスケジュールでしたが、朝から大船渡にむけて出発!!

                       

                       石巻より北だからね〜 とは思っていましたが、やはり遠い.. 一関インターを降りて下の道からがかなりかかる。 予想をやや超える下道の長さ

                      陸前高田も通過していく 陸前高田にてあの 一本松を見る そして 高垣くん 初の被災地を目の当たりにして かなり衝撃をうけたようでした。

                       そうだよな! 感受性が豊かだから 簡単に被災地に行くといわなかったんだと思ったよ。

                       

                       でもさ 今度からは行こうぜ!!

                       

                       で 何しにいったかというと 大船渡で漁業道具を作ったり 改造したりしている町工場がありました。

                       

                       もちろん海のすぐ近くで、自宅も工場もすべて流されました。 が  その人はあきらめませんでした。 只野製作所!! 社長さんはタンタンと凄い!


                       

                       仮設の工場も立ちました。 周りはまだ何もございませんが  そして流された設備をメンテしたり 東京は大田区のものづくりの方たちの支援で機械や工具を集めたりして..

                       

                       なんと青空のしたで作業しながら今まで頑張ってきたんです!!! 信じられない光景でした。



                       冬はとても寒かったよ〜 ハハ


                       ...


                       強く たくましく 明るいひとです!

                       

                       雨が降ったら仕事はできません!! シャーリングや旋盤 フライス盤にはビニールシートを掛け 夜露や雨風から機械をまもりながら 復興する漁師さんたちのニーズに応える スーパーなカスタマスターです。


                       

                       感動しました!

                       

                       大田区から運び込んだ工具などを下ろすのを手伝い、夜は 高垣くんのお友達の舞踏家のIKKOさんの 機械工場のリズムと映像と只野社長の作業と舞踏のコラボ!!

                       

                       最初はどうなることやら.. と思いましたが これが素晴らしいセッションなんですわ!!   面白い!!

                       

                       この映像を見てもらい 色々と支援の輪を増やしていきのだそうだ。で 僕らもこれから只野さんを色々と支援していけないかと検討中なんです。

                       

                       漁師さんのかゆいところに手が届く そういう仕事が出来る貴重な方だと感じました。

                       

                       設備の支援 漁師さんの紹介 そしてものづくりのフォローなど 色々きっとできるはずなんだ。

                       

                       皆さん お知恵を拝借させて!


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